Stem cell research in France

 Medical Scienceの領域での留学先はいうまでもなくアメリカが圧倒的に多い。一方、ヨーロッパへの留学では英語圏であるイギリスに赴く人が多いなか、非英語圏であるドイツ、フランスなどに研究の場を探す人も少なからずいる。イギリス、アイルランドなどの島国を除いたヨーロッパ大陸ではドイツ語圏、フランス語圏が大きいが、scienceにおいては英語が公用語であり仕事のやりやすさは非英語圏においてもそうそう変わらないようである。筆者は1997年から2000年にかけてフランス、Ecole Normale Superiure Paris(ENS)のYann Barrandon研究室に留学していた。その時の研究テーマや研究室の様子について簡単に紹介したい。

写真1

 ENS(写真1)はパリのカルチェラタンという文教地区にあり、パンテオン(写真2)からウルム通を南に下った所に位置する。Yann Barrandon研究室はDepartment of Biologyのビルの中にあり、正式な名称はLaboratory of Epithelial Cell Differentiationという。文字どおり表皮細胞の幹細胞の分化、動態が主な研究テーマである。スタッフはsenior scientistが2人、 post doc.が4人、PhD studentが4人と小規模なのでat homeな雰囲気ではあったが、外国人が半数を占めており、日本の研究室とは異なりheteroなグループである。各自が自分のテーマについて、headと議論しながら研究に勤しんでいる。

写真2

 Dr. Yann Barrandon(写真3)はパリ第7大学卒業後皮膚科医として勤務していたが、1982年研究のためアメリカに留学し、翌年からは表皮細胞の培養法を確立したHarvard Medical SchoolのHoward Green研究室で表皮細胞の幹細胞について研究していた。この領域で活躍する科学者達にはFiona Watt, ElaineFuchs, Michele DeLuca らが挙げられるが、いずれもHoward Green研究室の門下生であり、お互いの手の内を知った良きライバルのようである。

写真3

 1991年に ENSで研究室を開設、翌年には千葉大理学部の小林浩士教授と共に毛包幹細胞に着目し、ラットwhiskerにおいて毛包上皮細胞のclonogenicityがその部位により異なることを突き止めていた(PNAS,90:7391-7395,1993)。 また彼の伴侶であるAriane Rochatが同様の方法でヒトの毛髪においてclonogenic cellの局在部位を同定し、毛球とは異なる場所に幹細胞が存在することを示唆した(Cell,76:1063-1073,1994)。これらの結果をきっかけに毛の生理学にも力を入れており、筆者も毛の再生機構の解明をテーマとして与えられ移植実験を中心に研究を行ってきた。そして3年余の研究の末、毛包上部に幹細胞プールがありそこに局在する多分化能幹細胞が遊走して毛包の全ての層、脂腺、表皮を再生することを解明した(Cell,104:233-245,2001)。 この論文では論文中の図がcoverになった。他のスタッフも毛周期の調節因子、毛の分化における分子機構の解明や表皮水疱症患者の表皮細胞への遺伝子導入などに取り組んで成果を揚げており、 一部は既に誌上発表されている(Genes Dev,15:2307-19,2001, Hum Gene Ther,13:1655-62,2002)。 このような基礎研究の傍ら幹細胞の臨床応用にも目を向け続けており、陸軍病院の熱傷センタ−と協調して重度熱傷患者の表皮培養を行い、患者に移植をしている。Dr Barrandonは「今でも心はMDだ。」とよく言っていたものである。
 2002年に研究室はパリからスイスのEcole Polytechnique F仕erale Lausanneにスタッフごと移動しているが、こちらLausanneもフランス語圏とあってスタッフ一同、仕事、生活共に順調の様である。Lausanneはレマン湖畔の静かで美しい小都市であり、湖のかなたにアルプスを望む。もはや凱旋門やエッフェル塔は見られないが、都会の喧噪を離れ研究に没頭するには良い環境である。もちろん週末やバカンスでは自然を満喫できることはいうまでもない。車で30分も快適に走れば湖にも山にも行けるのである。ただしフランスとは違って警察はタフなので快適なドライブもスピードには要注意である。Dr Barrandonも住宅地を時速44kmで運転していたところ、切符を切られてしまったそうである。安全運転の習慣は日本から持って行く方がよさそうだ。

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