和歌山県立医科大学眼科学教室での創傷治癒研究:
眼での線維化抑制による治療法開発の試み

和歌山県立医科大学眼科学助教授
雑賀 司珠也

 私たちの和歌山県立医科大学眼科学教室では教室員を挙げて、眼での瘢痕・線維化抑制による治療法開発の試みに関する研究を行っています。
 眼での過剰な線維化による障害は、眼の様々な部位で治療の障害となります。例えば網膜剥離後、網膜色素上皮細胞などの細胞による剥離網膜の線維化は、網膜の可動性を減少させ、手術治療にとって好ましくなく、時には失明に至ります(増殖硝子体網膜症と言います)。また、白内障手術では、混濁した水晶体内容を超音波吸引した後、残存した水晶体嚢内に人工眼内レンズを固定しますが、この手術では残存した水晶体上皮細胞が眼内レンズ周囲に線維性の混濁を惹起し、術後改善していた視力が再度低下することがあります。これらの線維化病変では、網膜色素上皮細胞や水晶体上皮細胞が筋線維芽細胞に変化する上皮―間葉系移行が病態の本体です。我々は、Smad3ノックアウトマウスを用いて、in vivoでこれらの細胞での上皮―間葉系移行がSmad3依存性であることを証明しました。また、角膜外傷では、透明性を維持した状態で治癒しなければ視力低下につながります。重傷の角膜のアルカリによる障害などでは、角膜実質細胞が筋線維芽細胞に変化し混濁瘢痕を形成するなど、同様の機序は緑内障手術後の合併症でも起りますが、Smad3ノックアウトマウスでは、この角膜瘢痕の形成も抑制されました。緑内障とは、眼房水の排出不良で産生過剰となった房水によって眼圧が上昇して、視神経がしだいに障害され、失明に至る可能性のある疾患です。薬物治療で眼圧が管理できない症例では、房水を結膜下にドレナージするための漏孔を形成する手術(濾過手術)を行います。この漏孔が線維化によって閉塞することは手術の不成功につながります。

 サイトカインに注目して、これらの眼組織での瘢痕・線維化による合併症を克服するための治療方法の研究が私たちのメインテーマです。上記の様にSmad3ノックアウトマウスでこれらの現象が減弱したことを受けて、トランスフォーミング成長因子・Smadシグナルへの干渉による眼での瘢痕・線維化抑制を狙っています。戦略として受容体の阻害物質、遺伝子治療によるSmad7などのシグナル干渉遺伝子の導入、siRNAの活用、さらには漢方製剤から得られた分子によるSmad阻害を研究しています。筆者は、米国国立癌研究所(Dr. Anita B. Roberts)と共同でSmad3阻害による瘢痕・線維化抑制治療の臨床使用に関する米国特許を取得していますが、2003年からは、大阪市立大学器官構築形態学の中島裕司教授、池田一雄助教授との共同研究でSmad7のみならず、Id2/3や、骨形成因子7などの抗Samd遺伝子のアデノウイルスベクターによる遺伝子導入による各眼組織の瘢痕・線維化の抑制研究をマウスで行い、良好な成績を得ています。今後は、動物種を代えて(猿など)研究を発展させると同時に、人体に使用可能なベクターでこれらの遺伝子導入の効果を検討したいと考えています。
 一方、細胞外マトリックス分子も、組織の瘢痕・線維化において、重要な役割を担っています。筆者は、米国留学中、角膜のケラタン硫酸プロテオグリカンの一種であるルミカンのノックアウトマウス作成に携わる事ができました。ルミカンノックアウトマウスでは、角膜のコラーゲン線維の配列が乱れ、角膜が週齢依存的に混濁しました。その後、私たちの研究からルミカンは上皮―間葉系移行にも関与していることが判明しました。線維化治療のターゲットになるかもしれません。
 この他にも、他の細胞外マトリックス分子のノックアウトマウスの提供を受けて、眼の瘢痕・線維化疾患への各分子の関与を教室員を挙げて研究しています。是非とも、これらの成果を臨床に還元して行きたいと希望していますので、今後とも本学会会員の皆様の多方面からのご指導、ご援助をよろしくお願い申し上げます。

文 献

  1. 雑賀 司珠也.眼の線維化疾患とその遺伝子治療. メデイカルサイエンスダイジェスト 31:570−574,2005
  2. Saika S. TGFb pathobiology in the eye (Review). Lab Invest. 2006;86:106−15.

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