神戸大学形成外科学教室における創傷治癒研究

神戸大学大学院医学系研究科形成外科学
寺師 浩人

 神戸大学形成外科学教室における創傷治癒研究は、以下に大別される。
1. マイクロサージェリーによる遊離組織移植の血流動態解明と母床管理
2. 各種培養細胞研究と正常の上皮化機構の解明
3. 瘢痕・ケロイドの臨床的および基礎的研究
4. 培養複合上皮の作製と再生医療としての臨床応用
5. 毛髪付き皮膚の開発(毛髪再生)
6. 慢性創傷の臨床的および基礎的研究

1.マイクロサージェリーによる遊離組織移植の血流動態解明
 当科では、教室開設(平成9年、田原真也教授)以前からの、マイクロサージェリーによる遊離組織移植術症例は1000例を超える。その臨床統計やドップラー血流計などを用いた血行動態の解明が試みられてきた1)−9)。最近では、これらをさらに発展させ、よりよい二次移植術の向上を目指して母床管理に視点を置いたマイクロサージェリー手術へと進化しつつある10)11)

2.各種培養細胞研究と正常の上皮化機構の解明
 形成外科学研究室(平成14年完成)では、二人同時使用可能のクリーンベンチと二つのCO2インキュベータ、冷凍庫を完備しているため、常時、細胞培養が行うことのできる環境にある12)−17)。皮膚のあらゆる細胞培養と、最近では歯科口腔外科及びオリンパス(株)との共同研究で脂肪由来間葉系幹細胞の培養実験がスタートした18)。また、島津社のガスクロマトグラフィー(GC−14B)を備え、組織や培養細胞の細胞膜脂肪酸解析を行ってきた。その結果、正常上皮化にパルミチン酸(16:0)、分化誘導に必須脂肪酸が必要であることを解明した。また、正常上皮化過程のin vitroモデルである毛包(外毛根鞘)細胞の培養実験も行っている19)−22)

3.瘢痕・ケロイドの臨床的および基礎的研究
 正常真皮と瘢痕組織の組織内および細胞膜脂肪酸解析を行い、瘢痕組織では豊富に存在するアラキドン酸(20:4)が、正常真皮ではほとんど検出されないことを見いだした。これは、現在、慶応義塾大学形成外科学教室との共同研究で、胎仔マウス皮膚の脂肪酸解析によりさらに発展させる意向である。また、当科発足以来の肥厚性瘢痕とケロイド患者の臨床的統計学的分析を始めた。

4.培養複合上皮の作製と再生医療としての臨床応用
 われわれの作製した培養複合上皮は、動物性蛋白質未使用の条件下で無細胞真皮(AlloDerm R)上に培養角化細胞を播種後重層化させた移植片で、摂子で把持し縫合かつタイオーバー固定が可能な組織である23)−27)。このうち培養複合口腔粘膜は、文部科学省高度先進医療開発経費Bの助成(平成14年度〜16年度の3年間)のもと、当院、新潟大学、富山大学の歯科口腔外科医の協力を得て、すでにその臨床応用が100症例を超えた安全性と倫理性の高い再生医療としての移植材料である28)。移植後の基底膜などの組織のremodelingや防御機能獲得の検討を加えている。

5.毛髪付き皮膚の開発(毛髪再生)
 われわれの開発した外毛根鞘細胞と毛乳頭細胞の培養技術を駆使して、4.における培養複合皮膚の作製技術と毛包移植研究を合体させたかたちで、毛髪再生研究をスタートした29)−32)。共同研究者として、国立循環器病センター研究所先進医工学センター再生医療部と大阪大学皮膚毛髪再生医学講座に御協力いただいている。また、毛髪そのものの脂肪酸解析で、毛髪組織がパルミチン酸豊富な組織であることを見いだした22)。さらに、先天性母斑に剛毛を伴うことが多いことから、新生因子探索のため母斑細胞などの色素細胞培養12)14)に加えて、母斑そのものの組織内および細胞膜脂肪酸解析の検討を始めた。

6.慢性創傷の臨床的および基礎的研究
 慢性創傷の研究は多岐にわたる。
(1) 新須磨病院創傷治療センターとの糖尿病性足病変の臨床的研究および神戸Podiatry Meeting(年二回開催)
 平成15年より新須磨病院との慢性創傷の臨床研究が始まり、総患者数はすでに400症例を超えている33)−37)。神戸における他の取り組みとして、Foot salvageをキャッチフレーズにした神戸Podiatry Meetingという多科にまたがった研究会を発足させた。これらの活動は本邦におけるフットケアの先駆けであるため、全国の下肢創傷治癒のための研究会のモデルにもなっている。さらに、日本フットケア学会第2回神戸セミナーを開催を補佐した(平成17年9月3日)。
(2) 神戸大学21世紀COEプログラム(テーマ:糖尿病をモデルとしたシグナル伝達病拠点)
 神戸大学医学部の唯一のCOEプログラムの一員として、合併症ワーキンググループの糖尿病性足病変の研究に携わっている38)。当科では、当病変における皮膚潅流圧(Skin Perfusion Pressure)の重要性を報告してきた39)40)
(3) 褥瘡治療におけるFSA
 褥瘡治療における圧分散システム(FSA)を駆使して褥瘡患者のベッドや車いすのマットレスを各患者に適した条件設定をしている。患者への直接指導や教育に有用であり、褥瘡治療や治癒後のfollow-upにも使用している41)42)。これらの研究のほか、日本褥瘡学会総会には毎年多くの学術報告をさせていただいている。また、第3回日本褥瘡学会近畿地方会(会長:寺師浩人)を主催した(平成18年3月4日)。
(4) 褥瘡とアポトーシス
 褥瘡潰瘍辺縁部では、アポトーシスに陥ることにより創縁が下掘れ状態となり、かつ厚く角化傾向を示していると仮定し、2004年度の褥瘡学会からの研究助成のもとセラミドとの関連を模索している。
(5) 神戸大学病院「褥瘡・難治性潰瘍外来」開設
 神戸大学病院では、上記外来を2002年度に開設し、様々な難治性潰瘍の臨床的検討を行っている。大学特有の慢性創傷外来として週一回の外来および回診を行っている。褥瘡のほか、糖尿病性潰瘍、PAD、膠原病性潰瘍、静脈うっ滞性潰瘍、放射線潰瘍などの多彩な慢性創傷患者を診察している43)-50)
(6) 兵庫褥瘡・皮膚潰瘍研究会(年一回開催)
 本研究会では当教室内寺師が代表世話人を担当し、兵庫県下における褥瘡と皮膚潰瘍の臨床研究やこれらの創傷ケアの底上げに寄与している。毎回の出席者は700人を超えている。
(7) 二分脊椎症患者支援
 神戸市にある日本二分脊椎・水頭症研究振興財団や日本二分脊椎症協会の協力を得て、患者さんおよびその御家族へ褥瘡理解を深めるための講演活動を行っている51)−53)
(8) 慢性創傷と超音波療法
 慢性創傷治療の理学療法としての将来の超音波療法の可能性を模索研究している50)54)。神戸大学医学部保健学科理学療法専攻との共同研究である48)50)

 以上の研究は、これまでに日本創傷治癒学会においても長年報告してきた内容であるが、そのほとんどが研究途上にある。今後も、基礎的かつ臨床的に広範囲にわたる創傷治癒研究を既成の概念にとらわれずに積極的に取り組んでいきたいと考えている。

文 献

1) Tahara S, et al: Role of the perforating vein in vascular pedicle of free forearm flap. Microsurgery. 16:743 − 5, 1995.
2) 横尾聡ほか:遊離橈側前腕皮弁におけるPerforating Veinの役割. 日形会誌, 19:272-6, 1999.
3) 横尾聡ほか:遊離橈側前腕皮弁の静脈還流に関する臨床的研究 皮静脈系と深部静脈系の還流優位性について. 日形会誌, 20:597 − 602, 2000.
4) Ichinose A, et al: Short-term postoperative flow changes after free radial forearm flap transfer: possible cause of vascular occlusion. Ann Plast Surg, 50: 160 − 4, 2003.
5) Ichinose A, et al: Importance of the deep vein in the drainage of a radial forearm flap: a haemodynamic study. Scand J Plast Reconstr Surg Hand Surg, 37: 145 − 9, 2003.
6) Ichinose A, et al: Fail-safe drainage procedure in free radial forearm flap transfer. J Reconstr Microsurg, 19: 371 − 6, 2003.
7) Ichinose A, et al: Reestablished circulation after free radial forearm flap transfer. J Reconstr Microsurg. 20: 207 − 13, 2004.
8) Ichinose A, et al: Do multiple venous anastomoses reduce risk of thrombosis in free flap transfer? Efficacy of dual anastomoses of separate venous systems. Ann Plast Surg, 52: 61 − 3, 2004.
9) 橋川和信ほか:神戸大学における遊離前腕皮弁移植の基本戦略.頭頸部癌. 32: 247 − 52, 2006.
10) Hashikawa K, et al: Therapeutic strategy for triad of acquired anophthalmic orbit. Plast Reconstr Surg. in press.
11) 橋川和信ほか:顔面の全層欠損に対する再建戦略−Step-Surgery Concept−.日本マイクロサージャリー会誌、印刷中、2007.
12) 寺師浩人ほか:母斑細胞の培養方法.日形会誌,13:258 − 63, 1993.
13) 寺師浩人ほか:Gastrin releasing peptideのヒト皮膚における局在と培養下の表皮角化細胞,外毛根鞘細胞,線維芽細胞における増殖促進作用とmRNAの発現.日形会誌,16:373 − 380,1996.
14) Tadokoro T, et al:Human genital melanocytes as androgen target cells.J. Invest. Dermatol, 109:513 − 517,1997.
15) Terashi H, et al:Growth stimulation of normal melanocytes and nevocellular nevus cells by gastrin releasing peptide (GRP).J. Dermatol. Sci, 17:93 − 100,1998.
16) Chung SH, et al:The effect of three Korean traditional medicines on growth rate of cultured human keratinocytes.J Ethnopharmacol, 74:53 − 61, 2001.
17) Deveci M, et al:Melanocyte-conditioned medium stimulates while melanocyte / keratinocyte contact inhibits keratinocyte proliferation.J Burn Care Rehabil, 22:9 − 14, 2001.
18) 時岡早苗ほか:PRPは凍結保存された脂肪由来未分化間葉系細胞の増殖・分化を促進する.日形会誌、in press, 2007.
19) Terashi H, et al:Human stratified squamous epithelia differ in cellular fatty acid composition.J Dermatol Sci, 24:14 − 24, 2000.
20) 寺師浩人ほか:毛包細胞と表皮角化細胞の細胞膜リン脂質脂肪酸組成の相違点―脂肪酸によるよりよい上皮化への環境作り(1).Prog. Med., 20:2328 − 9,2000.
21) 寺師浩人ほか:パルミチン酸(16:0)による培養表皮角化細胞の増殖効果―脂肪酸によるよりよい上皮化への環境作り(2).Prog. Med., 20:2329 − 31,2000.
22) 寺師浩人:【特集】毛髪再生メカニズム 毛包と毛髪の脂肪酸解析.形成外科、in press、2007.
23) Izumi K, et al:Ex vivo development of a composite human oral mucosal equivalent.J Oral Maxillofac Surg, 57:571 − 7, 1999.
24) Izumi K, et al:Development and characterization of a tissue-engineered human oral mucosa equivalent produced in a serum-free culture system.J Dent Res, 79:798 − 805, 2000.
25) 泉健次ほか:ヒト培養複合口腔粘膜および皮膚の上皮層におけるGlucose transporter 1 (GLUT 1)発現に関する免疫組織化学的研究.日口外誌,47:289 − 92, 2001.
26) 寺師浩ほか:ウシ胎仔血清を使用しない皮膚表皮及び口腔粘膜(歯肉)角化細胞の培養方法と培養上皮シート作成方法.日形会誌,22:1 − 5, 2002.
27) Izumi K, et al:Evaluation of Transplanted Tissue-engineered Oral Mucosa Equivalents to SCID Mice. Tissue Eng, 9: 163 − 74, 2003.
28) 寺師浩人ほか:培養複合口腔粘膜の臨床応用、頭頸部癌、32: 281 − 5, 2006.
29) 倉田荘太郎ほか:無血清培地によるヒト外毛根鞘細胞の培養―熱傷創面被覆への基礎実験―.日形会誌, 11:1 − 10, 1991.
30) 倉田荘太郎ほか:培養ヒト外毛根鞘細胞による創面被覆の検討.Progr. Med., 12:2881 − 3,1992.
31) Kurata S, et al:Successful transplantation of cultured human outer root sheath cells as epithelium., Ann Plast Surg, 33:290 − 4, 1994.
32) 寺師浩人ほか:創傷の治療:最近の進歩 形成外科ADVANCEシリーズT-3 U創傷の治療15.毛包と毛髪の創傷治癒(森口隆彦編), pp175 − 89,克誠堂出版,東京,2005.
33) 北野育郎ほか:創傷ケアーセンターにおける褥瘡の治療について.日本褥瘡学会誌,6: 559 − 66, 2004.
34) 寺師浩人ほか:形成外科における画像診断:下肢血行障害の画像診断.形成外科、49: 17 − 23, 2006.
35) 寺師浩人ほか:病態よりみた難治性下腿潰瘍の診断と治療:感染性下腿潰瘍とは.形成外科、49: 181 − 92, 2006.
36) 辻依子ほか:順行性Distally based perforator medial plantar flapによる前足部荷重部の再建.日形会誌、26:742 − 5, 2006.
37) 寺師浩人:Z.デブリードマンまたは形成外科的アプローチ、重症虚血肢の診断と治療(横井良明、河原田終身編)、pp137 − 146、メディアルファ社、東京、2007.
38) Terashi H, et al: High Glucose Inhibits Human Epidermal Keratinocytes Proliferation for Cellular Studies on Diabetes Mellitus. Int Wound J, 2: 298 − 304, 2005.
39) 寺師浩人ほか:重症虚血肢の診断・治療におけるレーザードップPV2000の有用性−Skin Perfusion Pressure (SPP、皮膚潅流圧)測定の意義について.形成外科, 48: 901 − 9, 2005.
40) 寺師浩人:X.維持透析患者の合併症 H.皮膚症状2.糖尿病患者の足をどう管理すべきか?、EBM透析療法2007 − 2008(深川雅史、秋澤忠男編)、中外医学社、東京、2007、印刷中.
41) 藤井美樹ほか:仙骨部褥瘡に対するRhomboid Perforator Flapの経験. 日本褥瘡学会誌、8: 208 − 11, 2006.
42) 寺師浩人ほか:仙骨部褥瘡に対する手術的療法の適応基準化と周術期管理方法に関する一考察−神戸大学形成外科専門医アンケート調査−.日本褥瘡学会誌、8:560 − 5, 2006.
43) 寺師浩人ほか:精神科疾患と褥瘡の発生−一人の精神科疾患患者を通してー.日本褥瘡会誌、5:33 − 6, 2003.
44) 辻依子ほか:精神科疾患と褥瘡の発生(その2).日本褥瘡学会誌,6: 643 − 6, 2004.
45) 宮村卓ほか:代替VACシステム作製方法.形成外科,48: 68 − 71, 2005.
46) 小熊孝ほか:メシル酸ガベキサート(FOY )による医原性潰瘍の4症例.形成外科、48:1337 − 42, 2005.
47) 辻依子ほか:褥瘡管理における他院との連携.日本褥瘡学会誌、8: 212 − 5, 2006.
48) 佐浦隆一ほか:8.褥瘡リハビリテーション、第1部外科領域のリハビリテーション.外科領域のリハビリテーション最新マニュアル(宇佐美眞編集),pp89 − 98,共同医書出版社,東京,2006.
49) 寺師浩人:3.創傷治癒(創傷治癒過程、褥瘡、ドレナージ)、第2部外科領域リハビリテーションのための基礎知識.外科領域のリハビリテーション最新マニュアル(宇佐美眞編集),pp133-45,共同医書出版社,東京,2006.
50) 杉元雅晴ほか:特集/リハビリテーション関係者のための実践褥瘡予防・治療ガイド〈褥瘡の治療〉褥瘡の物理療法.MB Med Reha、75:57 − 67, 2007.
51) 寺師浩人:褥瘡の治療について.Brain and Spinal Cord、10: 6 − 7, 2003.
52) 寺師浩人ほか:二分脊椎患者の足部褥瘡.日本褥瘡学会誌,7: 195 − 8, 2005.
53) 寺師浩人:褥瘡治療.二分脊椎のてびき(阿部俊昭編),日本二分脊椎・水頭症研究振興財団発行,東京,2007,印刷中.
54) Saura et al: Low intensity pulsed ultrasound exposure increases prostaglandin E2 release in human dermal fibroblasts. Bull Health Science Kobe. 19: 121-8, 2003

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