スポーツ医学分野における治癒促進への挑戦
―酸素を用いて―
コロンビア大学整形外科基礎研究室 石井 良昌
No.2

 そこで, まず初めに行ったのが身近にあった乳酸計測器を利用して運動後の血液中の乳酸値の変化をみる実験でした。これはすでに, Fischerらが連続して行われるテニスの試合の間に高気圧酸素を用い, 出来るだけ多くの血中アンモニアを除去し, 疲労を回復させて次の試合に備えるという症例を報告していました。彼らの報告によれば, この方法での高気圧酸素の設定条件は医療救急用の条件よりも低く, 「気圧は1.5ATAを超える必要はなく, また酸素の暴露時間も30分以上必要ない」としていました。さらに, Haapaniemiらもラットの大腿部にターニケットを巻き付け下肢の疎血モデルを作成し, 2.2気圧45分間の高気圧酸素の投与を行ったところ, 4時間後には筋肉内のATPやphosphocreatineもコントロールに比べて有意に上昇し, 乳酸は有意に減少したと報告していました。我々は6名の大学院生に対して最大運動後に高気圧酸素の吸入を行い, 血中乳酸値の回復を経時的に測定しました。その結果, 設定条件を大気, 純酸素, 1.3気圧, 2気圧にて比較したところ, 1.3気圧で行った場合には血中乳酸値の減少が高いという結果を得ました。しかし, すべての症例に対してこうした大きな変化が認められたわけではなく, ヒトを使った研究では実験方法や測定方法にも限界があるために, 分子細胞レベルでその現象を正確に捉える必要があると感じました。

産業技術総合研究所
つくばにある産業技術総合研究所。旧工業技術院(融合研)の建物

 その後, 1996年につくばの産業技術総合研究所(旧工業技術院融合研)を紹介して頂き, 新たな方向から研究を行うことになりました。旧融合研は立石哲也教授(現在は東京大学, ティッシュエンジニアリング研究センター長)の下, BiologyやBiomechanicsの研究者, 整形外科医師, 企業の研究者の人たちが集まり, 産官学のシステムを取り入れた当時としては画期的で柔軟な組織でした。(時を同じくしてTissue Engineeringが世界的に注目しはじめ, この旧融合研の組織はその後にティッシュエンジニアリング研究センターへと変遷されました。)この研究所にて, 私は牛田多加志助教授(現在は東京大学)に指導を頂きながら靱帯損傷のモデルを作成し分子生物学的な側面から膝蓋靭帯部分断裂への高気圧酸素の治癒効果を観察しました。その結果, タイプIプロコラーゲン mRNAの合成が受傷後7-14日の高気圧酸素療法(2気圧1日1回)の群では正常の治癒過程に比べて約1.4から1.5倍を高める結果が得られました(Tissue Eng, 5, 279-286, 1999)。また, 同じ実験モデルを使い設定条件を大気, 1.5気圧30分, 2気圧30分, 2気圧60分の4つにて比較したところ, 2週間後には大気中での治癒過程に比べ3群とも組織所見がコラーゲン組織で覆われており, その後さらに高気圧酸素療法を試みると3群間で2気圧60分, 2気圧30分, 1.5気圧30分の順に組織回復が早い傾向が認められました(J Orthop Res, 20, 70-73, 2002)。

牛田グループ
ティッシュエンジニアリング研究センター牛田グループ
前列(右3人目): 牛田先生

 また, 基礎研究と並行して臨床的な研究を進めました。足関節捻挫や筋部分断裂などのスポーツ傷害を来した一般運動選手22名の治療として高気圧酸素療法を行いました。この結果, 2-3日で自覚症状と他覚症状がともに顕著に軽快した症例は6例で, 肉離れ受傷後顕著に疼痛や腫脹が軽快した症例や, 受傷後数日経過した靭帯損傷の腫脹や浮腫の改善に著効した症例を認めました。さらに, 1-2週にかけて改善した症例は11例, 不変な症例は5例で, 悪化した症例はありませんでした。臨床的な結果からは77%の症例で満足度があり, スポーツ傷害選手に対する有用性を確認しました。

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