| スポーツ医学分野における治癒促進への挑戦 ―酸素を用いて― |
コロンビア大学整形外科基礎研究室 石井 良昌 |
No.3 |
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1998年に開催された長野オリンピックでは, 当時佐田建設スケート部の故佐藤博義監督と選手のトレーナーをされていた筑波大学白木仁助教授との協議の上, 佐田建設の楠瀬志保選手に高気圧酸素を試みることにしました。実際は, その1年半以上前より十数回にわたる高気圧酸素を当選手に試みていたのですがその印象がよく, 1997年12月のオリンピック代表選考会時に長野へ持ち込むことが決定しました。(株)アムコ, 長野県の一般の方のご協力により, 民家の敷地の一部を借りて立派な仮小屋をたてることができました。楠瀬選手は無事に代表選考会を通過して, オリンピック期間中も高気圧酸素を当選手のみ行う予定でしたが, 興味をもった選手が数名訪れ, 最終的には代表選手7名が利用しました。設定条件は1回につき気圧を1.3ATA, 暴露時間を30-40分(平均2.0回, 最大6回)にて, オリンピック期間中のコンディショニング調整と試合後の筋肉疲労の回復を目的として使用しました。その結果,斜筋の軽度の筋肉の張りと疼痛を認めた選手では, 高気圧酸素の使用後1-2日後に急速に軽快した症例や,試合前に原因不明のanterior knee painを認めた選手においても, 高気圧酸素の使用後ほとんど疼痛のない状態で試合に臨むことが可能となりました。いずれの選手においても競技中での筋肉痛, 運動障害や神経麻痺などを認めることなく高い競技能力を発揮できることができました。
最近では日本の国立スポーツ科学センターにも高気圧酸素が導入され, また今回のワールドカップサッカーにおいても各国の選手たちが使用した情報が報道されたことで, 多くのスポーツ医科学関係者に興味をもってもらうきっかけになりました。2000年の日本で行われた国際学会にて私の研究に興味を持たれたスペインのある研究者と出会いました。その後, 彼からバルセロナにあるスポーツセンター(Centre d'Alt Rendiment Esporttiu)のDirector of PhysiologyであるFrancek Drobic博士を紹介したいというメールを受け, 2001年夏にパリで行われた学会の際にバルセロナにも立ち寄ることにしました。このスポーツセンターはバルセロナオリンピックの際にエリートスポーツ選手の医科学的なサポートをする目的で建設され, 診療所(医師は常駐なし), トレーニング施設, 各スポーツ競技の体育館やグラウンド, 宿泊所を完備しています。そこで私はスポーツ選手に対する高気圧酸素について短い講演を行いました。その施設には高気圧酸素のタンクはありませんでしたが, 皆さんがこの療法に興味を持たれたようで活発な討論会となりました。
私自身, 高気圧酸素のタンクのマクロの部分からWound Healingのミクロの研究の世界に入っていきましたが, 最近ではWound Healingの細胞レベルのメカニズムに興味をもちはじめ, 局所投与の治癒過程に対する効果をみています。ほんの少しの酸素供給でも損傷組織中の細胞1つ1つにとっては大きな刺激であるという印象をあらためて受けています。
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