ベッドサイドで実施可能なバイオフィルム検出技術を活用した新たな創傷ケア

東京大学大学院医学系研究科
老年看護学/創傷看護学分野
グローバルナーシングリサーチセンター
仲上 豪二朗

 創傷治癒を滞りなく、いかに速く、患者の苦痛を少なく、そしてきれいに進行させるかが創傷管理に携わる臨床家、研究者の目指すところであることは論を待たない。これを阻害する要因は様々にあり、創傷感染はその筆頭であろう。筆者らは、創傷感染を少しでも減らすべく、バイオフィルムの検出技術の開発に注力している。本稿では米国フロリダ大学のGregory Schultz教授との共同研究の成果を基に、今後のバイオフィルムに基づいた創傷ケア(Biofilm-based wound care)を紹介する。

 筆者が所属する研究室では、真田弘美教授のリーダーシップの下、病態生理に基づく創傷治癒過程モニタリング技術の開発に長年取り組んできた。その技術の一つが、創面に存在する微量分子を採取し、特異的に可視化する「ウンドブロッティング」である。これはタンパク質を検出するウェスタンブロッティング等で使用されるニトロセルロースメンブレンを創部に当て、免疫学的または酵素学的にメンブレン上の分子を染色し、可視化する手法である。この最大の特徴は、非侵襲的かつ短時間で、創傷アセスメントを分子レベルで可能とする点である。例えば、ウンドブロッティングによりTNFαなどの炎症性サイトカインを検出することで、創部の炎症状態を評価することができる。

 この手法を実験室のみに留まらず、ベッドサイドで実施可能とする転機となったのが、米国UCLA留学中のSchultz 教授との出会いであった。2013年、筆者がウンドブロッティング技術の臨床応用について模索をしていた際、教授の研究室にてセミナー講師としてこの手法を紹介する機会があった。そこで、教授らがバイオフィルムを同様のコンセプトで検出する技術を同時期に米国特許として出願していることが分かった。バイオフィルムは、細菌が形成するコミュニティーの場であり、多くの細菌が集積することで病原性を発現する。創傷治癒過程で慢性炎症を惹起することから、創傷治癒を阻害すると考えられている。さらに、抗菌薬や宿主免疫の作用を回避する性質をもつため、速やかに除去することが創傷管理に重要である。そのためには、創部のバイオフィルム有無を評価できることが求められる。バイオフィルムが、糖タンパク、タンパク質、菌体外DNAなどで構成されており、ウンドブロッティングによって糖タンパクを染めることでバイオフィルムを検出している。この技術には、短時間で染色が可能である、可視化するのに特殊な装置が不要である、など多くの利点がある。そこで、臨床応用を検討しているSchultz教授との合意に基づき、筆者が帰国した2014 年に国際共同研究をスタートさせるに至った。

 国際共同研究として初めに取り組んだのは、臨床導入に必要な染色工程時間の短縮であった。当初、バイオフィルムの可視化に2時間を要することから、臨床での創傷管理には不向きであった。我々が重視したのは、バイオフィルムを可視化するBiofilm-based wound careの実現である。Biofilm-based wound careとは、バイオフィルムがあるかどうか、あるのであればどこに分布しているのかを見極めたうえで適切な創傷管理を実行する方法である。すなわち、この実践のためにはバイオフィルム検出をベッドサイドで、簡便かつ短時間で実施する必要があった。そこで、我々は約2年の歳月をかけて、共同研究先の国内企業とともに染色工程や脱色液成分の検討を重ねた。そして、ついにバイオフィルム検出を2分にまで短縮することに成功したのである。これにより、ベッドサイドでバイオフィルムを可視化できるようになり、臨床での利用が可能となった。図にウンドブロッティングによるバイオフィルム検出の臨床での使用場面を示す。

 現在この技術を用いた観察研究により明らかになっていることは、①創部の見た目にかかわらずバイオフィルムは存在する、②バイオフィルムが存在すると、1週間後の創面のスラフ形成リスクが高くなる、③創面のバイオフィルムを徹底的に除去すると、1週間後の創部面積の縮小が促進される、の3点である。従って、すべての創傷においてバイオフィルムの有無と分布を評価し、その結果に基づいてバイオフィルムが完全に除去されるまで創の清浄化を徹底することで創傷治癒が促進される可能性が高いと推定できる。現在、これらの根拠に基づいて、バイオフィルム検出とそれに基づく創傷ケアプロトコルによる創傷治癒促進効果を、糖尿病性足潰瘍を対象にランダム化比較試験で検証中である。

 Schultz 教授との国際共同研究が始まり3年目の月日が流れた。既に東京大学医学部附属病院の褥瘡回診では全ての患者においてバイオフィルムの有無や分布を可視化し、洗浄やデブリードマンの効果判定に用いている。本製品はキット化されて近々上市される予定である。より多くの臨床現場でBiofilm-based wound careが実践され、創傷に苦しむ人々を苦痛から救う一助になることを夢見て、これからも研究に取り組みたい。


参考文献
Nakagami G, Schultz G, Gibson DJ, Phillips P, Kitamura A, Minematsu T, Miyagaki T, Hayashi A, Sasaki
S, Sugama J, Sanada H. Biofilm detection by wound blotting can predict slough development in
pressure ulcers: A prospective observational study. Wound Repair Regen. 2017;25(1):131-8.

Minematsu T, Nakagami G, Yamamoto Y, Kanazawa T, Huang L, Koyanagi H, Sasaki S, Uchida G, Fujita
H, Haga N, Yoshimura K, Nagase T, Sanada H. Wound blotting: a convenient biochemical assessment
tool for protein components in exudate of chronic wounds. Wound Repair Regen. 2013;21(2):329-34.

ウンドブロッティングによるバイオフィルム検出
図:ウンドブロッティングによるバイオフィルム検出

 

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