これまでの研究経験 ~留学と現在の研究との繋がり~

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科(医学系)病理学 准教授
森 亮一

 この度は「留学が現在の研究にどのように生かされているか」をテーマとした原稿依頼を頂き、関係者各位に深く感謝申し上げます。わずかな経験となりますが、ご紹介させていただきます。

 私は大学院修了後、様々なモデル生物を用いて創傷治癒研究を行っているPaul Martin教授(University of Bristo(l UOB)・UK)のもとで研究を行う機会に恵まれました。ブリストルはイングランド西部に位置する緑豊かな港町です。最近では、芸術家のバンクシーの出身地としても知られるようになりました。

 私が留学した当時、Paul はUniversity College London(UCL)からUOBへ異動したばかりで、研究室には私より数ヶ月前にボストンから赴任したばかりのポスドク1名(ショウジョウバエ担当)だけでした。私の最初の仕事は、マウスを用いた研究をセットアップすることでした。英国では、動物実験を行うために政府機関からライセンスを取得する必要があります。個人ライセンス取得はテストに合格することが必要で、その内容は動物実験に関する歴史から手技など、あらゆる項目で構成されています。運良く合格し「これで実験できる!」と喜びも束の間、次のステップとして、プロジェクトライセンスの取得が必要となりました。紆余曲折を経て、UOBで実験ができるようになったのは、留学して1年後のことでした。

 私のテーマは、炎症によって発現誘導される瘢痕関連遺伝子の同定及び核酸医薬(AS ODN:アンチセンスオリゴ)の開発でした。まず、100種類以上の候補遺伝子から解析対象遺伝子を選択し、AS ODN を用いて研究を進捗させました。AS ODN実験系については、David Becker教授(UCL)に御指導いただき、Connexin43 AS ODNのデザインやデリバリー法の開発及び機能解析を行いました(Mori R, J Cell Sci, 2006)。短期間でしたが大英博物館近くで生活したことは、今でも良い思い出です。

 UOBにてUCLで修学した技術を生かして研究を開始しました。そして、瘢痕形成遺伝子としてosteopontin(OPN)を同定しOPN AS ODNの開発に成功しました(Mori R, J Exp Med, 2008)。その研究成果は、NatureMedicineやBBC Newsに取り上げられる等、研究者以外にも研究成果を伝えることができ、貴重な経験となりました。当初は3年間の留学予定でしたが、仲間のおかげで研究が順調に進み且つ、大きな研究費を獲得することができたので、さらに5年間の延長が可能となりました。英国での研究生活は毎日が刺激的で、楽しく過ごすことができましたが、それと同時に、独立して研究を行いたい意欲が強くわいてきました。考えた結果、最終的には4年間の留学生活を終え、日本に帰国し研究を1から開始することにしました。

 現在、空間的トランスクリプトーム解析、シングルセル解析、イメージング解析等、様々な手法を用いて皮膚創傷治癒研究を行っています。研究費申請と準備の重要性、研究環境の構築、独自性のある様々な手法・モデル生物を用いる研究スタイルは、まさに Paul や同僚から学んだことでした。また、研究の進捗にはヒューマンネットワークが重要であることも身をもって感じることができました。このように英国留学の経験の全てが今の研究にいかされており、このことは非常に幸運なことであると感じています。

 このように私は、国内外の多数の先生より支えられながら、今も研究することができております。日本創傷治癒学会の諸先生には、今後ともご指導ご鞭撻の程心よりお願い申し上げます。

 

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