ポピドンヨードは本当に毒?
浜松医科大学外科学第二講座(消化器・血管外科学分野)
竹内 裕也
手術部位感染(surgical site infection; SSI)は医療関連感染症の1つであり、あらゆる手術で起こりえる合併症です。厚生労働省の院内感染サーベイランス事業によるSSI発症率は全体で6%であるのに対し消化器外科領域のみでは9.6%と高く、SSI発生例の多くを消化器外科領域が占めているのが現状であります。SSIは最も予防可能な医療関連感染症でありますが、発症した場合には医療費の増加、入院日数の延長が報告されています。
当科ではこれまでSSIサーベイランスを行うと同時に、予防のために様々な取り組みを順次取り入れてきました(手術創部の剃毛、禁煙指導、血糖コントロール、栄養指導、リハビリ介入、口腔ケア、予防的抗菌薬投与、術中の手袋交換、閉創前の創部生理食塩水創洗浄、術中の手術道具の交換、ドレーンの早期抜去など)。しかし当科の消化器外科領域でのSSI発生率は消化管穿孔例や炎症性腸疾患の手術を多く行っていることもありますが、10%を下回らないのが現状であり、予防のための更なる取り組みが必要と考えています。
従来、ポピドンヨードはその界面活性剤成分であるポリオキシエチレンノニルフェニルエーテルに細胞毒性があることから、閉創時の創消毒には推奨されておりませんでしたが、ラウロマクロゴールへ成分が変更になってから整形外科領域などでその有効性に関する報告が散見されるようになり、2017年のCDC(アメリカ疾病対策センター)のSSIガイドラインでは、切開創のポピドンヨード水溶液による創洗浄が推奨されています(Category II: A weak recommendation)。一方、本邦の消化器外科SSI予防のための周術期管理ガイドライン2018では、ポピドンヨードによる創洗浄は明確な推奨はできない(エビデンスレベルD)が、生理食塩水を用いた創洗浄を提案する(エビデンスレベルD)と記載されています。消化器外科領域ではSSI予防のための創洗浄方法に関するエビデンスレベルの高い報告はなく、創洗浄の有効性・方法については今後の検討課題とされています。
そこで当科では、消化器外科手術における閉創時の創洗浄用にポピドンヨードと生理食塩水を比較するランダム化比較試験を現在遂行しております。主要評価項目は術後30日以内のSSI発症率、目標登録数は700例の予定ですが、昨年より登録を開始して現在半数を超えたところです。近い将来、閉創時ポピドンヨード使用がSSI対策に有効なのか明らかになることが期待されます。結果は是非日本創傷治癒学会でご報告させていただきたいと考えております。皆様方におかれましては、引き続きご指導の程宜しくお願い申し上げます。