神戸大学大学医療創成工学のご紹介

神戸大学大学院医学研究科医療創成工学専攻
和田 則仁

 日本は長寿社会を迎え、国民の健康への関心はますます高まっています。その一方で、国内で使用される治療用医療機器の多くは欧米製であり、先進医療の導入の遅れ、パンデミック時の供給不足、高額な医療費増加などの課題が指摘されています。これを解決するには、医療現場のニーズを理解し、自ら医療機器を開発できる人材の育成が急務です。

 神戸大学では、この社会的要請に応えるため、2023年4月に大学院へ「医療創成工学専攻」を設置し、2025年4月には医学部に「医療創成工学科」を新設しました。本学科・専攻は、医学と工学を融合し、現場で問題を発見し、ものづくりを通じて解決できる「創造的開発人材」の育成を目的としています。従来の医療系学部・工学系学部の枠を越え、両分野の知識を有機的に統合する教育体制は、全国的にも先駆的な試みです。

 カリキュラムは、医療機器開発を中心とした実践教育を特色とし、基礎医学(生理学・解剖学)から工学(計測工学・機械力学・バイオメカニクス・バイオマテリアル)、さらには倫理・薬機法、データサイエンスまで幅広く体系的に学ぶことができます。学科卒業時には臨床工学技士の受験資格取得も可能であり、将来は医療従事者として臨床に携わりながら医療機器開発に関わる道も開かれています。

 特に特徴的なのは「医療現場での実習」です。学生は病院で医師・看護師と直接対話しながらニーズを探索し、真に必要とされる機器のコンセプトを考案します。この能動的学習を通じ、現場の問題を的確に捉え、柔軟に解決策を創出する力を養います。さらに国際的な医療機器開発にも対応できるよう、英語での発表や国際連携プログラムにも取り組み、グローバルに活躍できる素養を培います。

 研究環境も充実しており、神戸大学が有する「楠キャンパス研究棟E」や「メドテックイノベーションセンター(MIC)」は、臨床現場に近い環境で研究が進められる拠点です。ここでは企業や行政との協働を通じ、基礎研究から臨床応用、社会実装までを一気通貫で推進できる体制を整えています。

 本学科・専攻では、生命科学や工学に興味を持ち、自由な発想と批判的思考を備えた学生を歓迎しています。卒業後は医療機器メーカー、研究機関、医療機関、官公庁などでの活躍が期待され、大学院進学によりさらなる専門性を高めることも可能です。将来は新規医療機器の開発者のみならず、規制や保険制度の設計に関わる政策形成者、あるいは起業家として社会実装を担う人材としての道も拓かれています。

 こうした教育・研究環境の中で生まれた研究の一例が、大学院生による「大腸縫合不全を防ぐ革新的医療機器の開発」です。直腸癌手術における縫合不全は10~15%で発生する重篤な合併症で、腹膜炎、再手術、長期入院など深刻な結果をもたらします。従来は一時的回腸人工肛門で対応しますが、手術時間の延長や皮膚トラブル、術後管理の負担といった問題があります。

 本研究では、回腸末端の便を体外に誘導し吻合部の創傷治癒を促進する新規デバイスを開発し、皮膚障害の軽減、手術時間の短縮、術後管理の簡便化を目指しています。このコンセプトはすでに特許出願済みで、動物腸管を用いた実験で有用性も確認されています。現在は市場性調査を進めるとともに、企業連携や研究資金の獲得を進め、カダバーを用いた適合性試験や組織損傷評価を行い、実用化に向けて段階的に検証を重ねています。

 縫合不全対策は患者のQOL向上に直結するだけでなく、医療経済的にも大きな意義を持ちます。術後合併症の減少は入院期間の短縮、再手術の減少、医療費の抑制につながり、医療従事者の負担軽減にも資するからです。このように神戸大学の研究は、臨床現場の課題を解決すると同時に、社会全体への還元を目指すものです。

 神戸大学医療創成工学科・専攻は、未来の医療を支える人材育成と医療機器開発の拠点として、その使命を果たしてまいります。


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