和歌山県立医科大学 法医学教室の紹介
和歌山県立医科大学 法医学教室
近藤 稔和
和歌山県立医科大学法医学教室は、法医学の基本的使命である死因究明や損傷機転の解析に加え、生体侵襲に対する組織応答の理解を深化させるため、創傷治癒学・炎症生物学・線維化研究など多岐にわたる領域を横断する研究を積極的に展開しています。法医学と創傷治癒研究は一見異なる分野に見えますが、実際には「損傷に対する身体の反応を科学的に理解する」という共通基盤を有しており、当教室ではその学際性を強みとして研究を進めています。こうした視点は、創傷の診断・評価を含む法医学実務においても重要であり、基礎と応用の循環を生み出しています。
教室は教授1名、准教授1名、講師2名、助教1名という少人数ながら緊密で機動的な体制を整え、多彩な専門性を有する教員が協働しながら研究を推進しています。法医病理学、免疫学、遺伝学、中毒学、分子病態学などの視座を融合し、創傷治癒に関わる多層的な生体反応を統合的に解析できる点が大きな特徴です。また、大学院生・学部学生への教育にも力を注ぎ、基礎医学研究の意義や損傷・炎症・修復の理解が臨床に与える影響について多角的に伝え、将来の医療に貢献する研究者・医師の育成に努めています。
主要研究テーマである「生体侵襲と組織修復」では、さまざまな侵襲モデルを独自に構築し、皮膚損傷を中心とした炎症応答、細胞動態、線維化、血管新生の分子基盤を探求しています。これまでに、サイトカインやケモカインが損傷部位で果たす役割を詳細に解析し、炎症期から増殖期、成熟期に至る治癒過程の分子ダイナミクスを明らかにしてきました。さらに、骨髄由来血管内皮前駆細胞(EPCs)や fibrocyte の創傷治癒への寄与を調べ、細胞動員機構や血管新生の制御についても新たな知見を蓄積しています。
近年は、オンコスタチン M(Oncostatin M; OSM) に着目し、OSM‒OSMRβ軸が正常な創傷治癒を促進する中核シグナルであることを明確にしました。OSM が好中球・マクロファージにより産生され、線維芽細胞に作用することで TIMP-1 や HGF の発現を誘導し、コラーゲン動態や血管新生を調整する仕組みを解明しています。OSMRβ 欠損マウスや中和抗体投与モデルで治癒遅延が確認され、難治性潰瘍に対する新規治療標的としての可能性を提示しました。
また当教室では、創傷治癒と共通する「損傷後の修復・再構築」という生物学的視点を軸に、血栓形成・融解の分子メカニズム、臓器線維化の病態、心臓リモデリングを規定する新規分子、動脈瘤形成に関わるシグナル経路の解明など、多臓器にまたがる幅広い研究にも取り組んでいます。これらは異なる臓器の病態であっても、炎症や線維化、再構築という共通基盤の理解に大きく貢献する研究であり、法医学教室としての多角的視野を活かした独自性の高い取り組みです。
和歌山県立医科大学法医学教室は、今後も生体侵襲応答と組織修復の包括的理解をさらに深め、基礎医学・臨床医学・司法医学の三領域を結ぶ独自の研究展開を進めることで、創傷治癒学の発展と社会貢献に資する成果の発信を続けてまいります。